バンドウジロウ(タイポグラフィ作家/グラフィックデザイナー/音楽家)のブログ。
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「本質」について
 東京五輪のエンブレムの件、心無いバッシングに加担するつもりはありませんが、クリエイターとしては重要な問題なので考えていきたいと思います。※以下は、盗作ではないという前提でのデザイン・コンセプトについての話です。

 8月5日のブログでは、その時代の勢いが五輪のマークに(無意識的に)凝縮してしまうのではないか?という仮説を書きましたが、今回の2020年東京大会のエンブレムについて全く触れなかったのは、この国の現状とエンブレムの保守的なデザインに対する無言の批判のつもりでした。
 ただ、どうしてこのデザインにピンと来ないのか?うまく言語化できないままモヤモヤしていたところ、著名コピーライターの小霜和也(こしもかずや)氏のブログを読み、頭の中の霧が晴れました。
http://koshimo-blog.com/?p=1339
バリアフリー(ユニバーサルデザイン)や「五輪と金(かね)」に関する話が主ですが、後半エンブレムの話になります。以下引用。
 
〜オリンピックの新エンブレム、好きか、と聞かれれば正直僕はあまり好きではないです。
理由は、そこには「東京」と「日本」しかないから。
リオも、ロンドンも、北京も、シドニーも、エンブレムで表現していたのは「人のパワー」です。
オリンピックの本質はそこにこそあるからで、どれも、人のパワーをその都市なりのカルチャーで表現するとこうなる、というデザインなわけです。〜

 「オリンピックの本質」ということばが突き刺さってきますね。ロゴやマークではなく「エンブレム」という重々しいことばを使う意味もわかりました。
 今回の決定案、確かに日本と東京を「宣伝」するためのロゴと考えれば手堅くまとまっているかもしれません。しかし本来オリンピックのエンブレムが目指すべきはそんな次元のものではなかった。結果的に宣伝としての意味が強いロゴが選ばれてしまったのは今の日本の政治や経済、すべての状況が反映されてのことだと思います。
 アートでもデザインでも海外で通用する作品が作れるかどうかは、ものごとの「本質」とどれだけ向き合えるかにかかっているのではないでしょうか?

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