「児童画と教師」久保貞次郎

2014.01.12 Sunday

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    昨年、神田の古本市でたまたま見つけた
    久保貞次郎による「児童画と教師」という本を紹介します。

    著者は戦後日本の版画界と美術教育界に大きな功績を残した人物で
    60年〜70年ぐらいに様々な雑誌に寄稿された原稿をまとめたものです。
    1972年発行ということで40年も前なのですが、
    背後に流れる厳しい社会批評の精神は、
    危ない方向に向かっている今の日本にもあてはまる部分が多く、
    興味深く読んでいます。



    絶版らしいので、興味深いところは追々紹介できたらとは思いますが
    以下、第一章 現代と美術教育の「人間疎外と美術教育」から引用します。
    ※見ず知らずの前の持ち主が赤線を引いた箇所ですが、自分も共感しました。
    「個人」の部分はバンドウが丸囲み。


     
    〜それは日本社会ではまだ個人をとおとぶ社会風潮が弱いからである。日本は戦後民主化されたとマスコミなどは無定形にかきたてるが、民主化されたのはほんの表面だけで、下のほうはまだまだ封建的な要素が残っていることを人々は気づいているが、あまり重要な関心とは思っていない。それはベトナム戦争や、原子力潜水艦、またブラック・パワー、スチューデント・パワーなどの叫び声にかき消されて、人々の耳に響いてこない。しかし市民の個人主義が確立しないで、技術だけが近代化するばかりの日本はますます人間疎外をひきおこすのみである。なぜなら個人主義が浸透していればいるほど技術の近代化に伴なう不合理に抵抗できるからである。(注:表記は原文のまま)

    ここで久保氏は「個人」を問題にしていますが、
    状況は今もさほど変わっていないように感じます。
    昨年の「憲法改正草案」においても、
    現行憲法の「個人」をただの「人」にすり替えている部分があり
    非常に危機感を持ちました。

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    コメント
    バンドウさん、こんばんは。
    政治学者の山口二郎氏のブログを読んでいて、
    以下の文章にたまたま出会いました。

    >自民党の改憲案では、
    >個人に代わって人が法的保護の対象となっている。
    >憲法学者の樋口陽一氏は、人は生物的存在であり、
    >個人は意志を持った主体だと、その違いを説明している。
    >なるほど、自民党は自らの改憲案を先取りし、
    >個人を追放し、人をかき集めて党を作っているのだ。
    >意志を持たない人たちは、どんな悪法にも唯々諾々、
    >多数決のための員数となる。

    何があっても憲法の改悪を阻止しなければ、と
    強く思う今年です。

    • by カミトリ チカコ
    • 2014/01/13 9:21 PM
    コメントありがとうございます!
    改憲案は伊藤真という弁護士の本をナビゲーターにして
    読みましたが本当に危機感を感じました。

    結局、改憲自体は実現しなかったものの、
    それに変わる解釈改憲は着々と進んでいるわけで
    勉強してしっかり自分(個人)の意見を持つしかないですね。
    • by バンドウ
    • 2014/01/14 12:33 AM
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