バンドウジロウ(タイポグラフィ作家/グラフィックデザイナー/音楽家)のブログ。
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飼いならされない人(1)


2/4まで六本木の「21_21 DESIGN SIGHT」にて開催されていた、中沢新一ディレクションによる「野生展」。注目する南方熊楠はじめ興味深い展示内容でしたが、函館での高校時代とても身近にいた彫刻家・根本勲氏(故人)の作品と対面することが出来ました。
造形作家・ミヤタケイコさんのツイートからこの展示を知ることになりました。大感謝です!

最終日滑り込みで観られたのですが、会場に入ってすぐのアクリルケースに入った大きな「這い熊」という木彫が、柴崎重行+根本勲による作品で珍しい共作。
※八雲町の木彫り熊資料館に展示してあったこの作品に中沢氏が注目して今回の出品に繋がったらしいです。

博物館などでなく、最新のデザインやアートを紹介してきた21-21で(しかも中沢新一氏のディレクションで)観られるとは・・、感無量でした。
自分も初めて接する作品ですが、長年屋外で雨ざらしになっていたため半ば朽ちかかっているものの、大きなフォルムや左手の大胆な面取りなどに根本作品の特徴が感じられました。




経緯を少し・・。
自分が小6、兄が中3年の夏のことですが、 会社員の父による家庭内暴力から逃れて母子三人、旭川から函館に移住し、父に親権がある僕ら兄弟と旧姓に戻った母との新生活が始まりました。
着物着付け教室の先生として仕事を始めた母は、それ以外に木工芸品を作る民芸研究所の繁忙期に手伝いに行ったのがきっかけで、そこの主である根本勲(号=土龍)氏と出会い、後に再婚することに。

先妻に先立たれた初老の彫刻家・根本氏は、東京の公募団体の会員でもあり、抽象の木彫作品を毎年出品していましたが、大胆なデフォルメや面取りによる表現は半具象や工芸作品にも反映されており、どれも芸術性の高い個性的なものでした。
行動的な母はあっという間に影響を受け、40代にして彫刻を始めることに・・。

写真が無いので、記憶を元にスケッチしました。



根本氏は自分にとっておじいさんぐらいの年代だったため、特に複雑な感情もなく交流がはじまりました。高校入学と同時に下宿生活になった自分はよく二人のアトリエ兼住居に遊びに行き、ノミの音を聞きながらギターの練習をしたり様々な美術関係の本を見ていました。
彼は彫刻家らしいがっしりした体格でしたが性格は穏やかで、笑顔からは優しさが滲んでいました。彫刻を押し付けることもなく、ただそこに居て黙々と木を彫っていたことが印象に残っています。

久しぶりに根本氏の略歴を確認しました。
1904年 福島県に生れ5才にして渡道
1925年 早稲田大学に学び會津八一氏の叱声をうけ彫刻家としての将来を決定 ※専攻は哲学
1931年 帰道して八雲農民美術研究会員として木彫工芸を研究
1946年 大阪市立美術研究所にて保田龍門氏に師事
1948年 再び帰道して彫刻に専念、その後読売アンデパンダン、二科会を経て一陽会彫刻部会員となる
1951年 函館陶芸研究所土龍窯を開設、函館焼の研究に没頭、続いて函館民芸研究所を開き木工芸品の制作に当たる

前述の「這い熊」は、柴崎重行氏とともに八雲町の農民美術研究会を脱退後、道内を放浪していた時期の作品らしいですが、推定30歳ぐらい、心身ともに充実していたのでしょう。そうした若い頃のワイルドなエピソードも今回始めて知りました。
その他、會津八一からの教え(美術史、仏教etc..)読売アンデパンダンのこと、など今だったら聞きたい事が多いですが叶いません。

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当時の自分ですが、なんとなく美術に対する憧れはあったものの、この時期はなによりギターが好きで「自分も彫刻をやろう」と思っていたわけではありません。結局、母の強い希望で美大の彫刻科に進学したものの全く肌に合わず、精神を病みました。
その後、自分の上京と並行して、彼らは長野に家を建てて制作を続けていて、そこには二三回行きましたが、その後は自分の道を歩くために距離を置くようになっていきました。

根本氏の最期については、ずいぶん後に久しぶりに会った母から聞きました。
最晩年にお会い出来なかったのは残念でしたが大往生だったろうと思います。

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冒頭の「野生展」。
キャッチフレーズは「飼いならされない感覚と思考」です。
自分は彫刻の道には進みませんでしたが、今回の件から回想する中で、多感な高校時代に根本氏というまさに「飼いならされない人」と出会えたことがあらためて貴重なことだったと感じているところです。

もう少し掘り下げたいですが初回はこんなところで。

「野生」というテーマの元であろうレヴィ=ストロースや南方熊楠の思想と根本氏の「哲学から土着的な文化(民芸・工芸)」という興味の動きに通底するものを感じますが、もう少し勉強してそのあたりも後日書ければと思います。
岡山芸術交流2016
年が明けてしまうので滑り込みで先月の話題を・・。

先月の後半、「岡山芸術交流2016」という国際展を観てきました。
一泊二日というスケジュールでしたが、久しぶりでアートを通して現代社会や人間についてみっちり考える時間が持てました。エンターテイメント性や手抜きは感じられず、これこそが現代アートの役割、という手応えを感じる展示で、海外の国際展を観に行ったぐらいの価値は感じました。



この展示の大きな特徴は、
・名称に「芸術祭」という言い回しを使わない。
・リアム・ギリックという、国際展のディレクションは初めての人材を「アーティスティックディレクター」として起用。
・参加作家の半数以上が日本での展示は初。
・作品にサイトスペシフィック性を求めていない。←これは重要です。
・日本人作家はわずかで、そのほとんどが海外の美大卒。
・会場は岡山駅から近く、徒歩20分圏内にまとまっている。
・映像作品が質・量ともに充実。

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詳しくは下記のCINRA.NETにまとまっているので御覧ください。 http://www.cinra.net/column/201610-okayamaartsummit
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岡山駅前からこの路面電車でわずか4分(徒歩でも20分弱)の城下という駅を起点に観て廻れます。


以下は展示作品のスナップですが、ほんの一部です。










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<タイポグラフィ作品の記事一覧>
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「タイポグラフィの実験室」前期最終日
府中市美術館で開催中の公開制作64「タイポグラフィの実験室」
前期の西舘朋央さんの展示最終日に伺いました。

展示期間に入ってからも粘り強く制作を続けたそうですが、
約一ヶ月の試行錯誤が凝縮された
密度のあるコラージュ作品群は非常に刺激的でした。


次の土曜からは、後期:バンドウジロウの制作が始まります。
スケジュールは以下の通りですので是非よろしくお願いします!

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■公開制作64「タイポグラフィの実験室」 詳細ページへ
 後期:バンドウジロウ

◎公開制作
制作日:6月6日(土)、7日(日)、13日(土)、14日(日)
時間:13:00〜17:00
※6/6(土)〜6/19(金)の期間中、制作日以外の日も、
 ガラス越しに進行中の作品や過去作品をご覧いただけます。月曜休館です。

◎作品展示
6月20日(土)〜7月5日(日) ※月曜休館
時間:10:00〜17:00

■府中市美術館
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/index.html
■アクセス
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/access.html
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<タイポグラフィ作品の記事一覧>
インドの仏
来月、10年半ぶりに引越をするため
先月末から断捨離と荷造りに明け暮れていますが
少々煮詰まってきたので、国立博物館でリフレッシュしてきました。

お目当ては「インドの仏」
コルカタ・インド博物館所蔵の作品によって仏教美術の源流を探る展示です。
仏像の芸術性では、日本の運慶・快慶らが最高峰だと思っていますが
源流を見ておくことも必要です。
ガンダーラの仏像は、同じく東博の東洋館でかなり見られますが
今回は素朴な味わいのマトゥラーの仏像も観られてよかった。

個人的に印象に残っているのは最初の2点。
これだけでも来た甲斐があったと思いました。



これらは、仏の存在を「法輪」や「菩提樹」によって象徴的に表しているのですが、
観た時、入滅の際に仏陀が弟子に言い残した
「自己を拠りどころとし、法を拠りどころとせよ」というをことばを想起しました。
露骨な偶像を使わずになんとか「法」を表現しようとする姿勢に
奥ゆかしさを感じた次第。
 
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横浜に行ってきた。
相方・斎藤ちさとの展示の手伝いで横浜に行ってきました。
ヨコハマ グランドインターコンチネンタル ホテルの1Fにできた
「セゾン アート ショップ」というお店の中です。
https://www.facebook.com/sezonartshop





店内と行っても初期の大作も出ていますし、3台のモニターによって
映像作品も展示してあってなかなかのものです。

ホテルの場所は、みなとみらい駅から
クイーンズスクエアを通ってパシフィコ横浜の隣。
横浜に行かれる機会がありましたら是非覗いてみてください。
横浜美術館で開催中の「魅惑のニッポン木版画」も面白い展示ですよ。

設置後、相方が打ち合わせしている間ぶらぶら海辺まで歩いてみると
ちょっとした公園になっていて、家族連れやら本を読む人など、
のんびりした風景に出会えました。




自分のほうはというと、最近タイポグラフィ作家として
台湾のデザイン系雑誌に取材されました。ZINE特集だそうですが、
古今東西の聖者・賢者のことば」を気に入ってくれたようです。
来月あたり掲載されるようですのであらためてお知らせします。

<タイポグラフィ作品の記事一覧>
 
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「児童画と教師」久保貞次郎
昨年、神田の古本市でたまたま見つけた
久保貞次郎による「児童画と教師」という本を紹介します。

著者は戦後日本の版画界と美術教育界に大きな功績を残した人物で
60年〜70年ぐらいに様々な雑誌に寄稿された原稿をまとめたものです。
1972年発行ということで40年も前なのですが、
背後に流れる厳しい社会批評の精神は、
危ない方向に向かっている今の日本にもあてはまる部分が多く、
興味深く読んでいます。



絶版らしいので、興味深いところは追々紹介できたらとは思いますが
以下、第一章 現代と美術教育の「人間疎外と美術教育」から引用します。
※見ず知らずの前の持ち主が赤線を引いた箇所ですが、自分も共感しました。
「個人」の部分はバンドウが丸囲み。


 
〜それは日本社会ではまだ個人をとおとぶ社会風潮が弱いからである。日本は戦後民主化されたとマスコミなどは無定形にかきたてるが、民主化されたのはほんの表面だけで、下のほうはまだまだ封建的な要素が残っていることを人々は気づいているが、あまり重要な関心とは思っていない。それはベトナム戦争や、原子力潜水艦、またブラック・パワー、スチューデント・パワーなどの叫び声にかき消されて、人々の耳に響いてこない。しかし市民の個人主義が確立しないで、技術だけが近代化するばかりの日本はますます人間疎外をひきおこすのみである。なぜなら個人主義が浸透していればいるほど技術の近代化に伴なう不合理に抵抗できるからである。(注:表記は原文のまま)

ここで久保氏は「個人」を問題にしていますが、
状況は今もさほど変わっていないように感じます。
昨年の「憲法改正草案」においても、
現行憲法の「個人」をただの「人」にすり替えている部分があり
非常に危機感を持ちました。

<タイポグラフィ作品の記事一覧>
 
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書の展示を観てきた。
残暑お見舞い申し上げます。

猛暑の中、書の展示を2つ観てきました。

「和様の書」東京国立博物館
小野道風ら平安の三跡から寛永の三筆まで、国宝も多く見応え充分。
手鑑(てかがみ)などの保存方法も含め、勉強になりました。

「文字の力・書のチカラ供
出光美術館
こちらも平安から江戸を中心に現代の書も加え、質の高い展示でした。
本阿弥光悦の作品を多く観ることが出来て満足。
墨跡も多く、一休宗純の一行書「七佛通戒偈」にはしびれました。

両展示とも鑑賞者の平均年齢はかなり高め。
途中で飽きるかな?という予想に反して
どんどんはまり込んで行くような感覚の中、最後までじっくり観てきました。
とはいえ、半端ない量でしたから
これから、買ってきたカタログや書籍で復習をします。


<タイポグラフィ作品の記事一覧>
初鑑賞
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いたします。

年始もいろいろと宿題があるため、
ゆったり休むということは出来ていませんが、
今日は、1月2日リニューアルオープンしたばかりの
東京国立博物館「東洋館」にて美術工芸品の初鑑賞をして来ました。

中国、朝鮮半島、東南アジア、西域、インド、エジプトなど、
広範囲な地域からの収蔵品が展示されていましたが、自分としては
・北宋、南宋時代の陶磁器
・その影響を受けた朝鮮の陶磁器
・南宋時代の水墨画
・中国古代の画像石(レリーフ彫刻が施された石版)
・ガンダーラの仏像
などが特に収穫がありました。

その後、長谷川等伯の「松林図屏風」公開中の本館もざっと歩きましたが
正月らしく「蛇」にちなんだ作品を集めた展示室で
能楽用の着物に眼を奪われました。
※博物館は撮影禁止のマークがなければ撮影可のようです。


摺箔(すりはく) 白地鱗模様 江戸時代・18世紀

「摺箔は女性の着付として用いられ、
主に白地に金・銀の箔を置いて文様としています。
通常は露芝文様などですが、鬼女の役では
小さな三角形を一面に並べた鱗文様の鱗箔が用いられます。」

というものらしいですが、
これだけミニマルな柄でありながら、見事に蛇のウロコを表現しています。
これを着た「鬼女」・・。能は未経験ですが興味が湧いて来ました。

美術史の授業用資料作り
2012年も大晦日になりました。
自分にとって今年は「怒涛」と言える一年で、社会情勢は混迷を深めるばかりですが、
一つ一つの仕事に全力で取り組んだ実感は持っています。


↑キリストの死(1306年)ジョット・ディ・ボンドーネ


さて年末、仕事が一段落してからは、中学生〜高校生ぐらいターゲットの、
わかりやすい西洋美術史の授業用資料作りをしています。

とりあえずは、イタリアの後期ゴシックからルネサンス+北方ルネサンス、
ぐらいのパワーポイントファイルを作ることが目標。
E.H.ゴンブリッジの「美術の物語」をベースにしながら、
様々な本とネット上の情報を組み合わせていますが、
里中満智子の「ラファエロ ーその愛」なども参考になります(笑)。

詳細な内容は少しずつ膨らませるとして、
この時代でまず伝えるべきは、ロマネスク〜ゴシック〜ルネサンスなど、
建築の様式の変化が中心にあって、彫刻・絵画はあくまで
その外壁や内壁を飾るものとして変化・発展したということ。

加えて、この時代の芸術作品のテーマはほぼ宗教か神話。
芸術家は、皇帝や教皇、貴族などから発注を受けて制作していたわけで、
若干の例外はあるにしろ「自由な表現」の登場はもう少し後の時代、ということ。

また、ルネサンスのように一気に芸術の華が開いた時代は
背景として経済的豊かさがあるわけですが「なぜ豊かだったか?」
ということも少し掘り下げてみたい。

もう少し後の時代だと、コペルニクスの地動説(16世紀中頃)のような
大きな世界観の変化も、宗教より科学が力を持ってくる契機として、
織り込んでみたい・・。

などなどいくら時間があっても足りないですが
自分自身の勉強も兼ねて取り組んでおります。

・・・・・

最近は更新も時々でしたが、
今年一年ブログを読んでくれてありがとうございます!

来年が皆様にとって良い年であるようお祈りいたします。

台北国立故宮博物院/geppei研修旅行
作品を作るときも、鑑賞するときも
常に新しいものと古いものの対比を意識していますが、
特にここ数年は、相方からの影響や宗教に対する興味とで
一気に古い美術に興味が湧いています。

ということで日本に多大な影響を及ぼした中国の書画研究のために
geppeiの研修旅行を企画しました。
目的地は台北の国立故宮博物院
二泊三日という駆け足スケジュールではありましたが、
久しぶりに日本を離れました。

ここは今まで観てきた大英博物館、メトロポリタン、ルーブル、などと比較すると
建物のスケールが意外と小さいため常設は少なく
いくつかの企画展によって膨大なコレクションの一端を垣間見るという趣向。


ticket 表/裏(年表が印刷されている)

今回は「とりあえず行ってみる」ことが優先だったので
公開中の作品を入念には調べませんでしたが、陶器、青銅器、水墨画などで
かなりの名品を観ることができました。

書に関しては少々地味な展示でしたが、
館内の書店にて下のような資料を入手出来ました。
印刷はなかなか優秀で値段も手頃。



↑王羲之の作品資料。※王羲之の真筆は残っていないので複製品の図録です。
同じシリーズで顔真卿蘇軾を購入。



↑千字文という学習用漢詩の五書体(楷書、行書、草書、隷書、篆書)
による作品資料。

・・・・・
美術も街も人々もエネルギッシュで、震災後少なからず萎縮していた
自分の身体と精神が少しはほぐれた気がします。

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